おーい、こっちこっち。

やってきました、ザグレブ

人口約500万人の小国クロアチア。
その首都ザグレブ。
規模は小さく、緑が多いそんな印象。トラムもしっかり整備されているが必要なし。
物価はほぼ西欧並み。
セルビアよりもずっと高い。
同じ旧ユーゴなのにこの差にはたまげる・・・
遠くない将来、ここもEUへ加盟し、通貨の統合がされるのか。。。
クーナ(通貨)に触れれた良かった~、、、
オリジナルの文化に触れれたことに感謝!!

この町のメインの広場がこれ。イェラチッチ広場。
これで、分かって頂けるはず、町の規模。
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昼間っから、美女たちが撮影??かな。クロアチアの女性も美しい。
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この町では、毎日正午に大砲が発砲されます。
それは、「毎日正午に大砲を発砲して、街中の教会の鐘つく人に時刻を伝えよう!!」
という事で、1877年元旦に記念すべき一発目が放たれ、途中戦争の影響などで中断を余儀なくされたことも数年間あったが、いつの日か、その習慣は復活。
今日でもドンパチやってます。

いや、一発だけドンッ!!!!!!!!!って感じで。

それが行われる、ロトルシュチャック塔の大砲部屋。
放った後で煙と火薬のにおいすげー。
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塔からの絵。
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そして、美術館へ3つ行ってきた。
この響きが何とも、ヨーロッパの観光っぽい。
まず、ナイーヴアート美術館。
クロアチアでは、ガラスに描く素朴なナイーヴアートが盛ん。
もともと、この地に住むの農民たちが、農閑期に絵を描いた事が始まりとされる。
ほとんどの画家が正式な美術教育を受けたわけではなく、高度な技術とは無縁だが、
独自の技法や画風を駆使し描かれる作品は自然と共に生きる者の温かさを放つ。
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美術工芸博物館。
多岐にわたる収蔵品が、様式別に展示されていた。非常に、いい感じ。
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最後のミマラ博物館もなかなか。写真は0。

町のアールヌーヴォーもいい感じ。
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落書きなければ最高なのにな~もったいない
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コードが無ければ最高なのにな~もったいない

2泊3日のザグレブ滞在。
本日、バスで一気にノヴィ・サドへ戻ります。
夕方にはちゃりんこと再会し、ちゃり旅再開しまーす。
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# by kazunori_maruse | 2010-08-27 00:26 | クロアチア

プリトヴィッツェ湖群国立公園

ザダルを経てやってきた、プリトヴィッツェ湖群国立公園。
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さすが、世界遺産。美しすぎ。。。
ここは、大小16の湖と92ヶ所の滝がある、世界的に貴重な湖群公園。200km²。
一日中曇り空だったが、問題なし。
快晴だったら、住みつき決定!!
さすが標高高いだけあって、長袖必要だったな。
あ、もう秋か・・・
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ドブロヴニクに次いでこちらも、独立戦争の被害が大きく、
一時は「危機世界遺産リスト」に登録され、緊急保護措置が必要な状態だった。
幸いにも今は、除外された。

建築と違って、
「よっしゃー、今日から頑張って、再建設するかー」
なんて簡単にできない、大自然の芸術。
マジ、戦争止めよ。
めちゃくちゃ美しかったよココ。
戦災による被害が無ければもっと美しかったって事でしょ?ヤバすぎ。。。

鳥も魚も住みついてます。
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根っこもいい!!
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上に登って、この景色!!
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最高に贅沢。幸せすぎでした。ありがとう~

そして、夕方のバスでクロアチアの首都ザグレブへ行きまーす。所要時間2時間半。
一時のバックパッカー生活も、残り数日。
てか、ちゃり漕ぎたい病、発病。
あ~楽しみ。

あ、プリトヴィッツェに押され気味だけど、予想通りザダルの町も素敵でした。
こじんまりと。
9世紀に建てられた聖ドナット教会の柱。
ローマ時代の遺跡を使用していて興味深い。
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美しいわ~
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ではまた~
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# by kazunori_maruse | 2010-08-25 21:29 | クロアチア

アドリア海の真珠

早朝4時頃バスターミナルに着いたので、しばらくベンチで爆睡。
起きたら7時頃。
すると、日本人発見!!とりあえず絡んで。
彼女は、既に宿を予約しているとの事だったので、
予約をしていない僕はその宿に空きがある事を願い、着いていく事に。

宿にて、日本人との出会い再来。
パリ在住、白羊(はくよう)さん。←コレ本名。
ファッション関係だと聞いたもんで、
パリでファッション関係で仕事してる友人ダイスケさん知ってる?って聞いたら。。。
知ってた。。。世界狭~

で、部屋も何とかなりそう!!だと。

そんなこんなで、一気にテンションあがり、
とりあえず、「夏もあとわずかだし、泳ごうか!?!?」という事で、
向かいにあるロクルム島へ皆で行く事に。
所要時間15分程度。
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泳いで、ぐるっと歩いて、ビールにワインにパプリカつまんで、贅沢した~。
父さん母さんありがとう!!!
来墺したらしっかり働きます!!!

で、翌日こそは、観光名所の旧市街へ。
「アドリア海の真珠」と呼ばれるほどに美しいことで知られるこの町。ホントに美しい。。。
古い町なのに、どこか新しさを感じる。
それもそのはず、1991年からのクロアチア独立戦争の際に、
旧ユーゴスラビア連邦軍の攻撃によりかなりの被害を受けた。
「危機世界遺産リスト」に挙げられるほどに。
終戦後、修復が進み1994年に改めて世界遺産に登録された歴史を持つからだ。
その全景を見るために標高約420mのスルジ山に登ってと。
ちなみに、奥に見える島がロクルム島。
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いや~幸せ~オレンジ色の瓦屋根って、本当にかわいい。
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山に登ったら汗ばんだから、「このままそこのビーチ行こう!!」ってなって直行。
やっぱり、綺麗な海は最高デス。幸せ~
大分、水温低くなってきているが、離れられない~

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the トイレの門番 ~海辺のカフェ~

その後ようやく、旧市街の中を散策。ロジロジロジ、ゴチャゴチャゴチャでいい感じ。
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撮影に参加してと。
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この子はポーランドから観光だって。寝てる~かわいい~
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そして、新市街がこちら。
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夜景がこちら。
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次の目的地は、ザダルという町。バスで8時間。
本日の昼頃発ちまーす。
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# by kazunori_maruse | 2010-08-23 21:04 | クロアチア

重要なのは分かるけど・・・

予定通り、ノヴィ・サドにちゃりんこを置かせていただき、
その日の夜行バスでボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエヴォへ向かった。

サラエヴォと言えば…サラエヴォ事件。

1914年6月28日、青年ボスニア党のセルビア人青年が、
サラエヴォを訪問中のハプスブルク帝国皇太子夫妻を暗殺。
この事件が第一次世界大戦の火蓋を切った…

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この橋のたもとで事件は起きたと。歴史が動いた所か。
とんでもないとこにいるんだと、しみじみ。

そして、1992-95年に20万人が犠牲になったボスニア・ヘルツェゴビナ戦争も忘れてはならない。
ここサラエヴォでは1984年に冬季五輪が催されたのだが、
その時使用された補助グランドは、今では、墓地と化した。
紛争ででた犠牲者を墓地へ運ぶ事すらできず、埋葬する場所もなかったからだ。
砲撃をさけ、埋葬は早朝か日暮れどきに行われた。

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この塔のした、一面が墓地。
逃げ出したい気持ちになった。
手を合わせそうそうに立ち去った。
2002年には、日本のNGO団体が桜の苗木600本を植えたらしい。

こちら、Holiday Inn Sarajevo。
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サラエヴォ市内で最も有名なホテル。
紛争中は最前線から300mという距離にもかかわらず営業を続け、
ジャーナリストがここにたむろし、砲弾の音に首をすくめながら戦況を伝えた。

町には、大型ショッピングモール、ホテルなどの新築物件と銃弾をあびた当時の姿のまま建物が混在。

あまりにも、強烈な絵の連続と夜行バスの疲れで一気にくたくた・・・

気分転換に、中心街を散策する事に。
バシチャルシャという名の旧市街のメイン広場。
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トルコの雰囲気ぷんぷんの職人街。
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この風景もしっくりくるな~
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坂をがつがつ登って・・・うわぁぁぁぁ~感動。。。
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名物のチェヴァプチチを食しエネルギー補給。
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肉のみサンドイッチといったとこ。
手前の「白いもの」は日本人のDNAのせいで、
どうしても「お米」と捉えたがるが、リアルに辛い玉ねぎのみじん切り・・・

ちなみに、こちらがメニュー↓
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「え?!?!km??目的地??」
なんて一気にちゃりんこモードに切り替わりそうになってしまう我。
そうそう、この国の通貨は「兌換マルク/Konvertibilna Marka」

そして、またこれ見つけた。
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ベオグラードに次いで、サラエヴォでも走ってる日本支援のバス。
1998年をつけたバスもいたってことは、何度かしてんのかな。

日本がらみと言えば、国旗もだ。
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右下の青と黄色の国旗が、ボスニア・ヘルツェゴビナのもの。
1998年の長野オリンピックに間に合わせる形で制定され、初披露された。
ちなみに、写真のお方は、ティトー氏。

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この絵もヨーロッパならではだ。そっか、ここヨーロッパだもんな。

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この絵も好きだわ~

物価安のため、脳みそは長居したがるが精神的に衝撃MAXなため、
今晩夜行バスで出ます。
予定外の丸2日で切り上げた、サラエヴォ滞在となった。

ちなみに、昨晩の宿ときたら・・・
3段ベッド×8台の24人ドミトリーでバス・トイレ一つ・・・っていう。ギャグでしょ。。。

久々に熱っぽいけど、ここにいるより夜行バスでの移動ををチョイス。

さて、明日にはクロアチアのドブロブニクだ~アドリアの海海海!!!!!!!!!!!!!!!
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# by kazunori_maruse | 2010-08-20 16:33 | ボスニア・ヘルツェゴビナ

意外ヤ意外

本日、ベオグラード3泊目。

旧ユーゴの首都ベオグラード。
着いてびっくり、綺麗な都会。
街ゆく人の着ているものもお洒落だし。
これ、すっかり西欧だわって印象。

てか、建築面白いじゃないか!?
大好きなアールヌーボー様式がちょいちょい出てきてテンション上がりまくり。

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だったのだが、これが目に入って一気に鳥肌。。。

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1999年に起きたコソボ紛争の際、NATO軍によって破壊された国防省ビル。
痛々しすぎる…

民族問題に宗教がからんだ紛争。
中東でもそうであったが、平和ボケしまくった僕には、衝撃。
つい最近の事なんだよな~。
同世代が経験してんだよな~。
ホントに想像できなかった・・・
ベオグラードの人々は親切で明るいし。。。ありがとう。。。

その後は、念願のドナウ川とも再会を果たした。
これをたどっていけば今回の旅の終点ウィーンかと、旅の終盤を意識。

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手前がサヴァ川で向こうからやって来ているのがドナウ川。





ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!




ご夫婦ちゃりだー発見。
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ポーランドよりバルカン半島を回る二ヶ月の旅だって。たくましー。
素敵な夫婦だった~




ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!




セルビア&日本の友好バス?!発見。
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日本がセルビアにバスを100台寄付したんっだて。
さらに、セルビアへの援助金は日本からが最大なんだって。
これ知らない日本人多いと思うな~
こういう前向きな話題をもっとニュースにすればいいのに。

その後は、市場をふらついて、
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聖サヴァ教会へいってきた。
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東方正教系の教会としては、世界最大の規模。
セルビア正教会の中心的教会。
内部は大がかりな修復中。2016年までだと。

明日は、ベオグラードを出て約70km北西にある町ノヴィ・サドへ。

そして、友人の友人の家へにちゃりんこを置かせて頂き、バックパッカーへ転身。
ボスニア、クロアチアを回ってきまーす。

久々の海もすぐそこだ~

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ビールフェスタのポスターだらけ。ビール安いんだ~ココ。
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# by kazunori_maruse | 2010-08-17 04:45 | セルビア

未知ノ国セルビア・・・

スコピエより約50km北上し、無事セルビア入国。
いよいよやってきた、旧ユーゴスラビアの核。チョイ緊張。

まずは、バルカン風ハンバーガー、プレスカビッツを頂いてと。これうまいんだ~
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ハンバーグっていうよりソーセージのような食感で、ジューシー。
具は、キャベツ、玉ねぎ、チーズ、パプリカ、トマト、キュウリ、、、

お店でのんびりしていると、マダムがやって来て、
「これ、食べなさい。」って。
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「これも、食べなさい。」って。
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どうやら、今晩はホームパーティーがあるみたい。ありがと~マダム。
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その後も、漕いで漕いで、ハイウェイ漕いだりなんかして、、、
てか、ほとんどハイウェイ漕いで、セルビアの首都ベオグラードまで残り30kmまで来た。

今日は、村で会った20歳の少年の家へお世話になる事になった。ありがとう。
三日ぶりのシャワー。感動する~泣けてくる~。。。
話を聞くと、8人兄弟で、お父さん80歳!?!?すげー・・・
一つの庭を囲うようにしてそれぞれが独立した家に住んでいて、
さらには、ジムとホテルの経営をしている・・・すげー
ジムとホテルって。このコンビもすげー
てか、セルビア人の男、筋トレ好きそうだもな~。マッチョにチビTみたいな。

ハイウェイは、猛スピードの車のストレスさえ感じなければ非常にこぎやすい。
だって、路肩?一番端の車線広いし、基本平らだし。
また、マケドニアやセルビアのハイウェイからの風景は緑が仰山あって、
排気ガスさえなければ最高に癒し。

忘れたころにひょっこり現れる黒~い鼻くそには、感動+ちょい萎えだけども・・・

6時amごろから漕ぎ始める日々だが、交通量それほど多くないし
日中の暑い暑い危険な時間帯は、パーキングエリアでのんびりさせて頂いたりなんかして。

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こんなパーキングエリア最高。皆さん、芝でごろごろ。

たまには、一般道も漕いでみたり。
けど実際、路肩なしで、道ぼこぼこで、トラックにバスにと、、、まー落ち着かない。
自転車道が恋し~

けど、周りの景色は良い感じ。
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典型的なヨーロッパの田舎

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果物市助かる~。じいちゃんばあちゃんも泣けるほど優しいし。

下りでよかった22%!!!
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ある朝は、隣町まで20km、このイケイケ兄ちゃんとペアちゃり。
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実は前夜は、彼の家の隣の畑でテントを張っていたのだ。何たるご縁。

セルビア最高!!

明日は、いよいよベオグラードだ!!

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# by kazunori_maruse | 2010-08-14 22:44 | セルビア

マケドニア満喫

テッサロニキより約250km、マケドニアの首都スコピエへの道中・・・

ある晩、小さな湖にキャンピングサイト発見。
そして、横綱ファミリーも発見。

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彼らと、湖でとれた小魚がいっぱいあるって話から「天ぷら」を作ろうって話に盛り上がり、
その晩は久々に調理。ちょっと目を離したすきに、ケチャップかけたり、マヨネーズかけたりし始めた彼ら。塩とレモンじゃ物足りないからって・・・お国柄がうかがえる一面。
まーいいさ、何はともあれ楽しんでもらえたろうから。

そんで、たまたま出会ったちゃり屋でペダルも替えて…
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ようやく、3泊4日でスコピエ到着。

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が、日曜日だということもあり、、、

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シーーーーーーーーーーーン・・・て感じで、ザブーーーーーーーーーーーン・・・みたいな。

ギリシャとの差ありすぎっていう。ユーロの力か…

マケドニアというと・・・
1963年激震に見舞われたスコピエ市再建のため、
建築家 丹下健三氏により復興計画が実施された事と、マザーテレサの故郷であること。

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しか知らなかったので首都スコピエ観光後、一気にセルビアへ抜けようと思っていた。
しかし、宿で日本人Nさんと出会った。
まさか、マケドニアで日本人に会うとはね~。
約1ヶ月ぶりに日本人と話したな。ご縁を感じるわ。
そして、彼女より「世界遺産の町オフリド」の情報を得た。
色々調べると、良い感じなんだわ、それがまた。
しかし町は進行方向とは真反対。
だから、ひょひょっとバスにお世話になり4時間というプランに変更。

翌日、オフリド訪問。

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世界最古の湖の一つオフリド湖のほとりにあるオフリドの町。
かつては市内に365もの教会がった。

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残存する教会をめぐったり、湖で泳いだりと素敵な時間を過ごした。

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緩やかな時間の流れる小さな町。落ち着くわ~。
おかげで、ちゃりんこ疲れも吹っ飛んだ。

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おめでと~

てな感じで2泊のオフリド滞在を後に、
本日バスでスコピエに戻り、そのままちゃりんこ再開しまーす。

それにしても、マケドニアの人優しいわ。ありがとう。

本日中にセルビアに入れるかな~
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# by kazunori_maruse | 2010-08-11 16:41 | マケドニア

女人禁制、アトス山

山というか、半島+山。
聖母マリア様の庭らしい。
幅約8-12km、長さ約40kmの半島の先っぽに標高2033mのアトス山。
これ全部、彼女の庭。
正教会の修道院によって大幅な自治が行われており、
ギリシャ政府の権限が及ばない治外法権の一角。
要は、正教会のメッカ。
だから、ロシア正教会、セルビア正教会、ルーマニア正教会、、、
と、各国の正教会と修道院が存在。その数20。修道士は1500人以上だといわれる。

まず、アトス山への玄関口となるウラノポリへ。そこで、滞在許可証を発行。
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下界と聖域をつなぐ交通手段であるフェリーに乗りアトス山を目指す。
近年は緊急用兼VIP来賓用ヘリコプターの発着場を備えている修道院が増えている。

立派だね~

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3泊4日の滞在許可証。
この半島のサイズにしては、短い…
何とかならないものかと初めの修道院で尋ねてみると
「2週間でも1ヶ月でもおればいい」と、ゆる~いありがた~い返答を頂いた。
だから、1週間くらいの日程で歩き回ることにした。

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中腹にある細~いトレッキングルートが堪らない

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The 癒し

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The 常夏!!

アトス山の登山と訪問のメインである半島の半分以南の沿岸部をぐるりと約10の修道院をめぐった。この半島では、修道院に無料で訪問者を受け入れるシステムがるので毎晩お世話になった。
多くの修道士は、驚くほど友好的で親切。
それは、無宗教徒な僕にだけではなく、カトリックやプロテスタントの訪問者へもだった。
そして、アトス山では日本人は珍しいらしく多くの修道士、ゲストが興味を持ってくれ盛り上がった。

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彼らの生活スタイルは、曜日や修道院によって多少異なるものの、
基本的には、3時30amから4時間程度お祈りをし、朝食。
そして、仕事。
仕事内容は、農業、建築、釣り、製本、料理…などそれぞれ担当がある。
そして、昼食は摂らずに、5時pm頃から4時間程度お祈りをし、夕食。
朝食、夕食とも会話はせず、お祈りが読まれている間のみの食事となる。
その間、15分-20分かな。

この食事をゲストも一緒に頂く。
正教徒の者は祈りにも参加できる。
祈りに参加できない僕は、主に配膳の手伝いをし修道士と良い時間を過ごした。

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たまには洗濯

これが彼らの一般的な生活スタイルなわけだけだど、
どこまで厳しく生活するかは修道士次第という感じ。
週に2日程度魚料理があるが、動物性なものを避けている人もいれば、
逆に、時間外に食べる人もいて、コーラを飲みポテトチップスを食べる人だっている。
ワールドカップにやたら詳しい修道士もいた。
修道士の生活には、インターネット、ラジオ、テレビは無い。あれ?
ま、携帯電話を持っている多くの修道士は情報を得ようと思えばいくらでも得れる環境なわけだしいてもおかしくはない。

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パンがうまいんだ~

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修道士の教え

アトス山に到着して驚いた事の一つ、意外に太った修道士が多いということ。
この理由もこの生活から納得。
決して、厳格にきりつめているとはいえない生活をしている彼ら。

「え!?!?祈りの時間は無いにせよ、ちゃりんこ生活の方がよっぽど質素じゃね???」て、
思ったこと少なくない。温シャワーにベット、おいしい食事に大自然。。。

本当に、祈りに全てを捧げる修道士は、小さな教会と小さな家がセットになった建物に2,3人で暮らし、訪問客を受け付けない孤立した生活をしている。
さらには、洞窟で生活している修道士もいるとか。
いてもおかしくはない。

生活に厳しくない彼らを否定する気は一切なく、
それはそれで、親近感の湧く人相をもっていて好きだったし、
目も合わせないキリッとした目をした修道士も格好良かった。
それぞれ色のある修道士、そんな彼らの振る舞いから各々の生活が窺えた。

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中世もこんなんだったろうか・・・

正教のメッカの修道院生活はどんなに厳しいとこだろうと思っていた僕に
「修道士も人間なんだ」とアトス山訪問は教えてくれた。

世界が平和になりますように。
皆が安らかに暮らせますように。

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ありがたや~

さて、明後日ちゃりんこ再開しまーす。
次の訪問国は、マケドニア。
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# by kazunori_maruse | 2010-08-03 18:37 | ギリシャ

只今、テッサロニキ

アテネ→カランバカ間、予定通り自転車を積めた。感謝。
荷物カウンターのおじさんが「うわっ、本気で来たよ。こいつ・・・」って苦笑い気味だったけど、対応はめちゃくちゃ親切だった。

そして、メテオラ観光。
メテオラとは、奇岩群とその上に建設された修道院共同体、いわゆるメテオラ修道院群の総称。もちろん、ギリシャ正教の。9世紀頃には既に修道士が岩の割れ目やらに住みついていた。修道院共同体が成立したのは、14世紀。多くの修道士は当時の戦乱をさけ、アトス山を出てメテオラへ住みついた。

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街のバックにそびえる岩山。てか、壁。迫力満点。

トルコのカッパドキアの規模を小さくして、黒ベースにした感じ。
カッパドキアは、キリスト教徒が迫害から逃げ込んだ先。
だから、岩山をほじくって内部に住みついた。
一方、メテオラは修道士が逃げ込んだ先ではない。
祈りにふさわしいとして選んだ先。
だから、堂々とてっぺんに建立。
今となっては、どちらも世界遺産。
ただの自然遺産ではなく、文化・自然複合遺産。歴史を感じるね~

キャンプ場にテント張って早速、散策へ。

良い感じ~
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カメに、
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ダンシング・ツリーに、
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涙の森に、
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・・・興奮しまくり。


大メテオロン修道院 (Ιερά Μονή Μεγάλου Μετεώρου)
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ヴァルラアム修道院 (Ιερά Μονή Βαρλαάμ)
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7,8の修道院をめぐったメテオラ滞在。
たった二日間だったが足ぱんぱんで筋肉痛。
ちゃりんこと歩くのとでは使う筋肉違うんだよな~。っていつも思う。
バランスだよな~。何事もな~。

あ、かわいらしい庭発見。
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そして、メテオラ→テッサロニキ間もなんとか電車に積める事が出来た。マジで感謝。
予定通りというか、予定以上というか。とにかく、最高。

そう、
テッサロニキにて二年前の夏、フィレンツェで出会ったギリシャ人アナスターシャと再会。
彼女とは、昨年の夏もフィレンツェで再会しているので正確には、再々会となる。
3年連続で夏に会うって、運命感じるな~って盛り上がったが、
「フィレンツェではないのは非常に違和感だな~」って口をそろえる。

いや~生きるって本当に素晴らしい!!ありがとう。
そんなこんなで、彼女の実家にてお世話になってる、ここ2日間。
また、ご両親が素敵なんだわ~幸せすぎる・・・

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満月MAX

彼女の家へ荷物を置かせて頂いて、明日から数日間アトス山へ行ってきまーす。
女人禁制のエリア。何とも興味深い・・・
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# by kazunori_maruse | 2010-07-26 21:52 | ギリシャ

アテネ満喫

好きな建築家のひとり、ル・コルビュジェは、かつてパルテノン神殿をみて、
それまでの画家志願をやめ建築を目指す決意をしたという。
そんな、パルテノン神殿の聳えるアクロポリスの丘へ、行ってきた。
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町の守護神アテナを祀った神殿。
横31m縦70m高さ10mの神殿は、紀元前438年に15年の歳月をかけ完成。
パルテノンの特徴の一つに人間の視覚を意識した設計がなされているという点がある。
最も外側の柱はほかの部分に比べて隣の柱との間隔が狭くなっているとともに内側に傾いている。このほか床の中央部が外側よりもわずかに盛り上がっているのも同じような理由だとされている。
いや~、力強かった。
建築というか芸術。

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アテネ一高い丘 リカヴィトスの丘よりアクロポリスの丘とプラカ地区を望む

その後、国立考古学博物館へ。
実物は、10mを超えるアテナ像。
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これが、パルテノン神殿に祭られていた戦いの女神か。。。
実物は、基本木造で、象牙と1トンもの金によって装飾されていたらしい。
めっちゃリッチ。当時の人大奮発だな。さすが、神。

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ギリシャっぽい。っていうか地中海。最高。

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こちらは、ギリシャカラーでしっくり。つま先のポンポンが地味にかわいくしばらく見とれていた。さぞかし、やりずらかったろうな、この方。

さーて、明朝はカランバカというメテオラ観光の起点になる町へ電車で行くよー。
果たしてちゃりんこを載せれるかどうか。どうなることやら。
お楽しみに~
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# by kazunori_maruse | 2010-07-21 05:39 | ギリシャ



丸瀬 和憲           旅人鞄作家が『感性』という不思議な能力を磨くべく地球上を転げ廻ったのち、米子で帰農♪ という日々の日記。
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@鳥取県米子市
自給的に暮らすと共に、胡麻の自然栽培の普及に夢中。

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パーマカルチャー研修
自然農園ウレシパモシリ,
 岩手県花巻市

2011年6月~11月末
有機農法研修
NAMAYASAI,
 Lewes,UK

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