おーい、こっちこっち。

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ブダペスト到着。

やってきました、ハンガリーの首都ブダペスト。
ここまできたら、ウィーンが本当にすぐそこって感じ。
天気は、あいにくの曇り時々雨って感じですが、この町曇りも似合います。そんな印象。
とりあえず、宿の雰囲気良すぎで、のんびりくつろいじゃったり何かして・・・

てか、めっちゃ寒い。
長袖+長ズボン+フリース、、、これでもまだまだ寒い。

あ。
足元がサンダルだけんか。

だけど、工芸美術館には行ってきました。
ブダペストにおいて最初のアール・ヌーヴォー的なデザインが施されたこの建築。
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どーんって、気持ちいいホールがあって、
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イスラム装飾っぽいアーチがあったり、
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見上げるとスパーンって爽快で、
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アールヌーヴォーの何かもアリ、
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テーブルセットも素敵です。
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そして、ハンガリーと言えばフォアグラ。
だから、まず中央市場へ買い出しに。
おしゃれ~な市場
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肉屋肉屋っと。
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宿で調理して『theフォアグラ丼』にしてみんなで頂きました。幸せすぎます。感謝。
本気でうまかった。。。
それしか言葉が出てこない。。。
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by kazunori_maruse | 2010-08-31 04:14 | ハンガリー

緑多き、ハンガリー

セルビアよりハンガリーへ無事入国。
シェンゲン加盟国というだけあって、物価はあがったものの、
バイクロードなどがちょいちょい出てくるあたりは、さすがです。感謝!!

それにしても、永遠に平らで緑緑緑!!!っていう道が堪らない。最高!!
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こんなかわいいバス停が、ふら~っとあるのも最高!!
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だけど、ここ2日で気温下がりまくり・・・

最高気温20℃…
最低気温10℃…

そして、雨…

野宿寒スギ…

もう冬ですか!?!?
あまりの温度差に大分慌る。
ウィーンまで残り400km足らず・・・何とかお願いします!!!
だって、持ってる寝袋ぺらっぺらの夏専用…はは。
ありとあらゆる服や布を纏って寝ても寒い…
寒くて寝れないのって、、、本当に苦行?修行?って。

まー有り難く、風邪をひかない元気なところに己の生命力を感じる。。。
あ~ありがたや。
父さん、母さんありがとう!!!

ケチケメートの町で見られた、ハンガリアン・アールヌーボーの美術館。
何と言ってもカラフル。
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たまたま、入館無料日でラッキー!!
本来、館内撮影禁止なのに、絵画を撮らない約束で特別許可!?!?
何たる待遇!!ありがたい!!
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町のバス停。かわいいな~
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フェンスの隙間から・・・
線路って夢あるよな~これたどったらどこまで行けるんだろうって。車庫まで?え!?
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風の強い日に生まれる、この力強い雲の動き。
野宿先のガソスタのおじちゃんと感動。美しわ~
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いや~
明日には、首都ブダペストに着けそうだ~
本当にウィーンはすぐそこだ。
興奮するわ~
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by kazunori_maruse | 2010-08-29 08:36 | ハンガリー

旧ユーゴを出る前に…

ざーーーっくり、旧ユーゴの歴史まとめてみました。

間違っていたら訂正ください。



まずは、さらっと年表から・・・



1918年 「セルビア人・クロアチア人・スロヴェニア人の王国」建国
1929年 「ユーゴスラビア王国」に改称

第二次世界大戦で一度解体…

1945年チトーの登場で「ユーゴスラビア連邦人民共和国」として生まれ変わる。
1963年「社会主義連邦共和国」に改名

ここから、独立戦争が始まる…

1991年  スロヴェニア独立宣言
       クロアチア独立宣言
       マケドニア独立(無血独立)
1992年  スロヴェニア独立
       クロアチア独立
       ボスニア・ヘルツェゴビナ独立宣言
1995年  ボスニア・ヘルツェゴビナ独立
2004年  連邦制よりセルビア共和国とモンテネグロ共和国の連合国家へと体制変更
同年    モンテネグロ独立
       セルビア独立
2008年  コソヴォ自治区独立宣言
2009年  コソヴォ自治区独立(国連加盟国60カ国が承認)

・・・





もうちょちょっと、踏みこんで…




旧ユーゴスラビアとは、解体直前、
6つの共和国、6つの主要民族、3つの宗教からなるひとつの国だった。
面積は日本の約3分の2ほどで、人口は約2350万人。

6つの主要民族といっても、もともとは同じ「南スラブ人」という民族。
スロヴェニア、クロアチア、セルビア、ムスリム、モンテネグロ、マケドニアの6つ。
そもそも、ユーゴスラビアとは、「南スラブ人の国」という意味。

しかし、東ローマ帝国(ビザンツ)により東方正教が、
ハプスブルグ帝国によりカトリックが、
オスマン帝国によりイスラム教が宣教された結果、
支配される帝国により異なる宗教に属する別民族になった。



これを前提に・・・



オスマン帝国がバルカン半島から撤退し、1918年にハプスブルグ帝国が崩壊すると、
「セルビア人・クロアチア人・スロヴェニア人の王国」建国。
しかし、各民族は反目し合い、混乱がつづく。
そんな中、1929年、セルビア出身アレくサンダル国王が独裁制を敷しき、
国名を「ユーゴスラビア王国」と改称。
セルビア人中心の中央集権国家は各民族の反感を買った。
デモ、反乱が頻発。
クロアチア訪問中、アレクサンダル王はクロアチアのテロ組織「ウスタシャ」により暗殺。
その混乱の中、第二次世界大戦勃発。
クロアチア独立を主張する「ウスタシャ」は、ユダヤ人、セルビア人などを迫害。
その数、数十万人。
これに対し、セルビア側は、クロアチア人、ムスリム人を殺害。民族抗争は泥沼化。。。

そんな中、チトー氏の登場。
「諸民族の友愛と団結」をスローガンにユーゴ各地で抵抗運動。
1946年「ユーゴスラビア連邦人民共和国」誕生。
ほぼ自力で開放を成し遂げたチトーは国民の英雄となった。
ソ連の社会主義にならった中央集権国家だったが、
スターリンとの亀裂を境に独自の社会主義路線を歩みだす。

1963年「社会主義連邦共和国」と改名し自主管理社会主義を本格的に進める。
しかし、1980年チトー大統領がこの世を去ると、
抑えられていた民族問題がもちあがってきた。

加えて、深刻な経済危機にも陥る。。。



そして始まる、独立戦争・・・



分権化が徹底されていたユーゴでは、地域により経済格差が8倍もあった。
最先進国はスロヴェニア。

1991年6月スロヴェニアが独立を宣言。
ユーゴ連邦軍は国境の確保を名目に武力行使。
しかし、スロヴェニアの準備が周到でわずか10日でユーゴ連合は撤退。
よって、1992年1月スロヴェニアの独立承認。

時を同じくして、クロアチアも1991年6月独立を宣言。
スロヴェニア人が人口の90%を超えるスロヴェニアとは違い、
クロアチアは、12%にあたる57万人のセルビア人を抱えていた。
しかし、民族問題が未解決のまま独立に踏み切った。
すると、多くのセルビア人が武装して、自治区を制定し、
クロアチアからの独立、セルビア本国への併合を求めた。
紛争はクロアチア全土に広まった。
しかし、武力では敗れたものの、1992年1月独立。

次に、1992年3月ボスニア・ヘルツェゴビナが独立宣言。
国内には、
『ユーゴ残留を主張するセルビア人』と
『独立を主張するムスリム人とクロアチア人』とに分裂。
セルビア人VSムスリム人+クロアチア人。
4月にアメリカとEC(現EU)が承認すると戦争が本格化。
それぞれ領域の拡大を目指し「民族浄化」の戦争が始まる。
セルビアが国土の7割を占め、次にクロアチア人がある程度の領土を確保すると、
今まで手を組んでいたムスリム人地域の支配にとりかかった。
ボスニア・ヘルツェゴビナでは、異なる民族同士の結婚が珍しくなく、
主要3民族(セルビア人、ムスリム人、クロアチア人)の血が
何代にもわたって混ざっていた。
がたら、各民族に分かれて戦うという事は、隣人殺し、兄弟殺しを意味していた。
1995年12月ボスニア和平協定調印式。
ボスニア・ヘルツェゴビナはセルビア人が国土の49%を占めるスルプスカ共和国と、
クロアチア人、ムスリム人が51%を占めるボスニアヘルツェゴビナ連邦とになった。
この戦争で総人口の過半数となる200万人を超える難民・国内避難民、
20数万人の死者が出た。
これは、ふたつの大戦を除いて、ヨーロッパ史上最悪の戦争となった。

マケドニアは、1991年に旧ユーゴの中で唯一無血で独立を果たした国だが、
人口の25%がアルバニア系であるため、複雑な民族問題を抱えている。

最終的に、残ったのは、セルビアとモンテネグロだったが、
2004年3月新ユーゴスラビアの連邦制から、
セルビア共和国とモンテネグロ共和国による国家連合へと体制を変更。
2006年モンテネグロで独立を問う住民投票が行われ、独立派が勝利。
よって、それぞれが独立国家となった。

しかし、コソヴォ自治州に関しては明確な取り決めがなく、
今度は、ここで戦争が起きる事になった。
当時人口の85%をアルバニア系住民が占め、
アルバニア人たちはコソヴォ共和国樹立を宣言。
何もしてくれない国際社会へ失望し武力闘争主義を掲げるコソヴォ解放軍が結成される。
1998年にセルビア警察徒本格的な武力衝突を起こし、激しい戦闘へと突入していく。
アメリカをはじめとするNATO軍はセルビアに対し78日間もの空爆を行った。
軍事施設や工場だけでなく、病院、工場をも破壊。多くの民間人を巻きこんだ。
そして、2008年独立宣言。
2009年6月時点では、セルビアは認めていないが、日本を含む国連加盟60ケ国は承認。




・・・




以上。


もともとはひとつの民族だったという事、同じ血を持っているという事は、
宗教によって、こうも意味の薄いものになってしまうのかと改めて、宗教のデカさを感じた。

宗教を否定する気はないけど、戦争は大反対。
平和が一番。
みなで、安らかに暮らしましょう。
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by kazunori_maruse | 2010-08-28 04:00 | 他モロモロ

やってきました、ザグレブ

人口約500万人の小国クロアチア。
その首都ザグレブ。
規模は小さく、緑が多いそんな印象。トラムもしっかり整備されているが必要なし。
物価はほぼ西欧並み。
セルビアよりもずっと高い。
同じ旧ユーゴなのにこの差にはたまげる・・・
遠くない将来、ここもEUへ加盟し、通貨の統合がされるのか。。。
クーナ(通貨)に触れれた良かった~、、、
オリジナルの文化に触れれたことに感謝!!

この町のメインの広場がこれ。イェラチッチ広場。
これで、分かって頂けるはず、町の規模。
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昼間っから、美女たちが撮影??かな。クロアチアの女性も美しい。
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この町では、毎日正午に大砲が発砲されます。
それは、「毎日正午に大砲を発砲して、街中の教会の鐘つく人に時刻を伝えよう!!」
という事で、1877年元旦に記念すべき一発目が放たれ、途中戦争の影響などで中断を余儀なくされたことも数年間あったが、いつの日か、その習慣は復活。
今日でもドンパチやってます。

いや、一発だけドンッ!!!!!!!!!って感じで。

それが行われる、ロトルシュチャック塔の大砲部屋。
放った後で煙と火薬のにおいすげー。
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塔からの絵。
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そして、美術館へ3つ行ってきた。
この響きが何とも、ヨーロッパの観光っぽい。
まず、ナイーヴアート美術館。
クロアチアでは、ガラスに描く素朴なナイーヴアートが盛ん。
もともと、この地に住むの農民たちが、農閑期に絵を描いた事が始まりとされる。
ほとんどの画家が正式な美術教育を受けたわけではなく、高度な技術とは無縁だが、
独自の技法や画風を駆使し描かれる作品は自然と共に生きる者の温かさを放つ。
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美術工芸博物館。
多岐にわたる収蔵品が、様式別に展示されていた。非常に、いい感じ。
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最後のミマラ博物館もなかなか。写真は0。

町のアールヌーヴォーもいい感じ。
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落書きなければ最高なのにな~もったいない
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コードが無ければ最高なのにな~もったいない

2泊3日のザグレブ滞在。
本日、バスで一気にノヴィ・サドへ戻ります。
夕方にはちゃりんこと再会し、ちゃり旅再開しまーす。
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by kazunori_maruse | 2010-08-27 00:26 | クロアチア

プリトヴィッツェ湖群国立公園

ザダルを経てやってきた、プリトヴィッツェ湖群国立公園。
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さすが、世界遺産。美しすぎ。。。
ここは、大小16の湖と92ヶ所の滝がある、世界的に貴重な湖群公園。200km²。
一日中曇り空だったが、問題なし。
快晴だったら、住みつき決定!!
さすが標高高いだけあって、長袖必要だったな。
あ、もう秋か・・・
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ドブロヴニクに次いでこちらも、独立戦争の被害が大きく、
一時は「危機世界遺産リスト」に登録され、緊急保護措置が必要な状態だった。
幸いにも今は、除外された。

建築と違って、
「よっしゃー、今日から頑張って、再建設するかー」
なんて簡単にできない、大自然の芸術。
マジ、戦争止めよ。
めちゃくちゃ美しかったよココ。
戦災による被害が無ければもっと美しかったって事でしょ?ヤバすぎ。。。

鳥も魚も住みついてます。
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根っこもいい!!
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上に登って、この景色!!
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最高に贅沢。幸せすぎでした。ありがとう~

そして、夕方のバスでクロアチアの首都ザグレブへ行きまーす。所要時間2時間半。
一時のバックパッカー生活も、残り数日。
てか、ちゃり漕ぎたい病、発病。
あ~楽しみ。

あ、プリトヴィッツェに押され気味だけど、予想通りザダルの町も素敵でした。
こじんまりと。
9世紀に建てられた聖ドナット教会の柱。
ローマ時代の遺跡を使用していて興味深い。
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美しいわ~
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ではまた~
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by kazunori_maruse | 2010-08-25 21:29 | クロアチア

アドリア海の真珠

早朝4時頃バスターミナルに着いたので、しばらくベンチで爆睡。
起きたら7時頃。
すると、日本人発見!!とりあえず絡んで。
彼女は、既に宿を予約しているとの事だったので、
予約をしていない僕はその宿に空きがある事を願い、着いていく事に。

宿にて、日本人との出会い再来。
パリ在住、白羊(はくよう)さん。←コレ本名。
ファッション関係だと聞いたもんで、
パリでファッション関係で仕事してる友人ダイスケさん知ってる?って聞いたら。。。
知ってた。。。世界狭~

で、部屋も何とかなりそう!!だと。

そんなこんなで、一気にテンションあがり、
とりあえず、「夏もあとわずかだし、泳ごうか!?!?」という事で、
向かいにあるロクルム島へ皆で行く事に。
所要時間15分程度。
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泳いで、ぐるっと歩いて、ビールにワインにパプリカつまんで、贅沢した~。
父さん母さんありがとう!!!
来墺したらしっかり働きます!!!

で、翌日こそは、観光名所の旧市街へ。
「アドリア海の真珠」と呼ばれるほどに美しいことで知られるこの町。ホントに美しい。。。
古い町なのに、どこか新しさを感じる。
それもそのはず、1991年からのクロアチア独立戦争の際に、
旧ユーゴスラビア連邦軍の攻撃によりかなりの被害を受けた。
「危機世界遺産リスト」に挙げられるほどに。
終戦後、修復が進み1994年に改めて世界遺産に登録された歴史を持つからだ。
その全景を見るために標高約420mのスルジ山に登ってと。
ちなみに、奥に見える島がロクルム島。
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いや~幸せ~オレンジ色の瓦屋根って、本当にかわいい。
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山に登ったら汗ばんだから、「このままそこのビーチ行こう!!」ってなって直行。
やっぱり、綺麗な海は最高デス。幸せ~
大分、水温低くなってきているが、離れられない~

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the トイレの門番 ~海辺のカフェ~

その後ようやく、旧市街の中を散策。ロジロジロジ、ゴチャゴチャゴチャでいい感じ。
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撮影に参加してと。
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この子はポーランドから観光だって。寝てる~かわいい~
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そして、新市街がこちら。
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夜景がこちら。
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次の目的地は、ザダルという町。バスで8時間。
本日の昼頃発ちまーす。
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by kazunori_maruse | 2010-08-23 21:04 | クロアチア

重要なのは分かるけど・・・

予定通り、ノヴィ・サドにちゃりんこを置かせていただき、
その日の夜行バスでボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエヴォへ向かった。

サラエヴォと言えば…サラエヴォ事件。

1914年6月28日、青年ボスニア党のセルビア人青年が、
サラエヴォを訪問中のハプスブルク帝国皇太子夫妻を暗殺。
この事件が第一次世界大戦の火蓋を切った…

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この橋のたもとで事件は起きたと。歴史が動いた所か。
とんでもないとこにいるんだと、しみじみ。

そして、1992-95年に20万人が犠牲になったボスニア・ヘルツェゴビナ戦争も忘れてはならない。
ここサラエヴォでは1984年に冬季五輪が催されたのだが、
その時使用された補助グランドは、今では、墓地と化した。
紛争ででた犠牲者を墓地へ運ぶ事すらできず、埋葬する場所もなかったからだ。
砲撃をさけ、埋葬は早朝か日暮れどきに行われた。

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この塔のした、一面が墓地。
逃げ出したい気持ちになった。
手を合わせそうそうに立ち去った。
2002年には、日本のNGO団体が桜の苗木600本を植えたらしい。

こちら、Holiday Inn Sarajevo。
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サラエヴォ市内で最も有名なホテル。
紛争中は最前線から300mという距離にもかかわらず営業を続け、
ジャーナリストがここにたむろし、砲弾の音に首をすくめながら戦況を伝えた。

町には、大型ショッピングモール、ホテルなどの新築物件と銃弾をあびた当時の姿のまま建物が混在。

あまりにも、強烈な絵の連続と夜行バスの疲れで一気にくたくた・・・

気分転換に、中心街を散策する事に。
バシチャルシャという名の旧市街のメイン広場。
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トルコの雰囲気ぷんぷんの職人街。
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この風景もしっくりくるな~
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坂をがつがつ登って・・・うわぁぁぁぁ~感動。。。
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名物のチェヴァプチチを食しエネルギー補給。
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肉のみサンドイッチといったとこ。
手前の「白いもの」は日本人のDNAのせいで、
どうしても「お米」と捉えたがるが、リアルに辛い玉ねぎのみじん切り・・・

ちなみに、こちらがメニュー↓
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「え?!?!km??目的地??」
なんて一気にちゃりんこモードに切り替わりそうになってしまう我。
そうそう、この国の通貨は「兌換マルク/Konvertibilna Marka」

そして、またこれ見つけた。
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ベオグラードに次いで、サラエヴォでも走ってる日本支援のバス。
1998年をつけたバスもいたってことは、何度かしてんのかな。

日本がらみと言えば、国旗もだ。
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右下の青と黄色の国旗が、ボスニア・ヘルツェゴビナのもの。
1998年の長野オリンピックに間に合わせる形で制定され、初披露された。
ちなみに、写真のお方は、ティトー氏。

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この絵もヨーロッパならではだ。そっか、ここヨーロッパだもんな。

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この絵も好きだわ~

物価安のため、脳みそは長居したがるが精神的に衝撃MAXなため、
今晩夜行バスで出ます。
予定外の丸2日で切り上げた、サラエヴォ滞在となった。

ちなみに、昨晩の宿ときたら・・・
3段ベッド×8台の24人ドミトリーでバス・トイレ一つ・・・っていう。ギャグでしょ。。。

久々に熱っぽいけど、ここにいるより夜行バスでの移動ををチョイス。

さて、明日にはクロアチアのドブロブニクだ~アドリアの海海海!!!!!!!!!!!!!!!
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by kazunori_maruse | 2010-08-20 16:33 | ボスニア・ヘルツェゴビナ

意外ヤ意外

本日、ベオグラード3泊目。

旧ユーゴの首都ベオグラード。
着いてびっくり、綺麗な都会。
街ゆく人の着ているものもお洒落だし。
これ、すっかり西欧だわって印象。

てか、建築面白いじゃないか!?
大好きなアールヌーボー様式がちょいちょい出てきてテンション上がりまくり。

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だったのだが、これが目に入って一気に鳥肌。。。

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1999年に起きたコソボ紛争の際、NATO軍によって破壊された国防省ビル。
痛々しすぎる…

民族問題に宗教がからんだ紛争。
中東でもそうであったが、平和ボケしまくった僕には、衝撃。
つい最近の事なんだよな~。
同世代が経験してんだよな~。
ホントに想像できなかった・・・
ベオグラードの人々は親切で明るいし。。。ありがとう。。。

その後は、念願のドナウ川とも再会を果たした。
これをたどっていけば今回の旅の終点ウィーンかと、旅の終盤を意識。

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手前がサヴァ川で向こうからやって来ているのがドナウ川。





ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!




ご夫婦ちゃりだー発見。
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ポーランドよりバルカン半島を回る二ヶ月の旅だって。たくましー。
素敵な夫婦だった~




ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!




セルビア&日本の友好バス?!発見。
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日本がセルビアにバスを100台寄付したんっだて。
さらに、セルビアへの援助金は日本からが最大なんだって。
これ知らない日本人多いと思うな~
こういう前向きな話題をもっとニュースにすればいいのに。

その後は、市場をふらついて、
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聖サヴァ教会へいってきた。
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東方正教系の教会としては、世界最大の規模。
セルビア正教会の中心的教会。
内部は大がかりな修復中。2016年までだと。

明日は、ベオグラードを出て約70km北西にある町ノヴィ・サドへ。

そして、友人の友人の家へにちゃりんこを置かせて頂き、バックパッカーへ転身。
ボスニア、クロアチアを回ってきまーす。

久々の海もすぐそこだ~

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ビールフェスタのポスターだらけ。ビール安いんだ~ココ。
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by kazunori_maruse | 2010-08-17 04:45 | セルビア

未知ノ国セルビア・・・

スコピエより約50km北上し、無事セルビア入国。
いよいよやってきた、旧ユーゴスラビアの核。チョイ緊張。

まずは、バルカン風ハンバーガー、プレスカビッツを頂いてと。これうまいんだ~
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ハンバーグっていうよりソーセージのような食感で、ジューシー。
具は、キャベツ、玉ねぎ、チーズ、パプリカ、トマト、キュウリ、、、

お店でのんびりしていると、マダムがやって来て、
「これ、食べなさい。」って。
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「これも、食べなさい。」って。
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どうやら、今晩はホームパーティーがあるみたい。ありがと~マダム。
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その後も、漕いで漕いで、ハイウェイ漕いだりなんかして、、、
てか、ほとんどハイウェイ漕いで、セルビアの首都ベオグラードまで残り30kmまで来た。

今日は、村で会った20歳の少年の家へお世話になる事になった。ありがとう。
三日ぶりのシャワー。感動する~泣けてくる~。。。
話を聞くと、8人兄弟で、お父さん80歳!?!?すげー・・・
一つの庭を囲うようにしてそれぞれが独立した家に住んでいて、
さらには、ジムとホテルの経営をしている・・・すげー
ジムとホテルって。このコンビもすげー
てか、セルビア人の男、筋トレ好きそうだもな~。マッチョにチビTみたいな。

ハイウェイは、猛スピードの車のストレスさえ感じなければ非常にこぎやすい。
だって、路肩?一番端の車線広いし、基本平らだし。
また、マケドニアやセルビアのハイウェイからの風景は緑が仰山あって、
排気ガスさえなければ最高に癒し。

忘れたころにひょっこり現れる黒~い鼻くそには、感動+ちょい萎えだけども・・・

6時amごろから漕ぎ始める日々だが、交通量それほど多くないし
日中の暑い暑い危険な時間帯は、パーキングエリアでのんびりさせて頂いたりなんかして。

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こんなパーキングエリア最高。皆さん、芝でごろごろ。

たまには、一般道も漕いでみたり。
けど実際、路肩なしで、道ぼこぼこで、トラックにバスにと、、、まー落ち着かない。
自転車道が恋し~

けど、周りの景色は良い感じ。
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典型的なヨーロッパの田舎

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果物市助かる~。じいちゃんばあちゃんも泣けるほど優しいし。

下りでよかった22%!!!
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ある朝は、隣町まで20km、このイケイケ兄ちゃんとペアちゃり。
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実は前夜は、彼の家の隣の畑でテントを張っていたのだ。何たるご縁。

セルビア最高!!

明日は、いよいよベオグラードだ!!

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by kazunori_maruse | 2010-08-14 22:44 | セルビア

マケドニア満喫

テッサロニキより約250km、マケドニアの首都スコピエへの道中・・・

ある晩、小さな湖にキャンピングサイト発見。
そして、横綱ファミリーも発見。

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彼らと、湖でとれた小魚がいっぱいあるって話から「天ぷら」を作ろうって話に盛り上がり、
その晩は久々に調理。ちょっと目を離したすきに、ケチャップかけたり、マヨネーズかけたりし始めた彼ら。塩とレモンじゃ物足りないからって・・・お国柄がうかがえる一面。
まーいいさ、何はともあれ楽しんでもらえたろうから。

そんで、たまたま出会ったちゃり屋でペダルも替えて…
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ようやく、3泊4日でスコピエ到着。

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が、日曜日だということもあり、、、

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シーーーーーーーーーーーン・・・て感じで、ザブーーーーーーーーーーーン・・・みたいな。

ギリシャとの差ありすぎっていう。ユーロの力か…

マケドニアというと・・・
1963年激震に見舞われたスコピエ市再建のため、
建築家 丹下健三氏により復興計画が実施された事と、マザーテレサの故郷であること。

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しか知らなかったので首都スコピエ観光後、一気にセルビアへ抜けようと思っていた。
しかし、宿で日本人Nさんと出会った。
まさか、マケドニアで日本人に会うとはね~。
約1ヶ月ぶりに日本人と話したな。ご縁を感じるわ。
そして、彼女より「世界遺産の町オフリド」の情報を得た。
色々調べると、良い感じなんだわ、それがまた。
しかし町は進行方向とは真反対。
だから、ひょひょっとバスにお世話になり4時間というプランに変更。

翌日、オフリド訪問。

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世界最古の湖の一つオフリド湖のほとりにあるオフリドの町。
かつては市内に365もの教会がった。

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残存する教会をめぐったり、湖で泳いだりと素敵な時間を過ごした。

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緩やかな時間の流れる小さな町。落ち着くわ~。
おかげで、ちゃりんこ疲れも吹っ飛んだ。

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おめでと~

てな感じで2泊のオフリド滞在を後に、
本日バスでスコピエに戻り、そのままちゃりんこ再開しまーす。

それにしても、マケドニアの人優しいわ。ありがとう。

本日中にセルビアに入れるかな~
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by kazunori_maruse | 2010-08-11 16:41 | マケドニア



丸瀬 和憲           旅人鞄作家が『感性』という不思議な能力を磨くべく地球上を転げ廻ったのち、米子で帰農♪ という日々の日記。
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@鳥取県米子市
自給的に暮らすと共に、胡麻の自然栽培の普及に夢中。

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自然農園ウレシパモシリ,
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NAMAYASAI,
 Lewes,UK

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