おーい、こっちこっち。

カテゴリ:シリア( 7 )

僕は、すこぶる元気です。


2週間にわたる収容所生活が終わった。
そして、待ち受けていたのは、強制送還だった…


事はこうして起きた。

タルトゥースよりラタキアへ無事到着した。完全ローカルな小さな港で野宿をした。
翌日、その港で露店を出しているおじさんAと話が盛り上がり、家へ招待して頂いた。
ちゃりんこ旅やウィーンについて話は大いに盛り上がった。その翌日、出発を考えていたが大雨と突風により断念した。しかし、二泊連続でのAさん宅は気がひけたので断った。だから、二日前の港で再び野宿をしていた。すると突然、懐中電灯で照らされ起こされた。

「何してるんだ?パスポートを見せろ。」と警官3人。

まーこういうことは少なくはい話なので「明日の朝には出て行くから寝させて」と頼む。
「今晩は悪天候で危険だから、海上県警のオフィスで寝ていきなさい」と何度断っても折れないので、ありがたくお世話になることにした。オフィスに着くとお偉いさんの部屋へ通されて、旅について徹底的に質問された。そして、深夜ようやく寝床に就けた。
翌朝オフィスを出ようとすると「おい、これからジェネラル(普通の警察)に行くから待て!!」と止められた。「はい?なぜ?日が昇る前にこぎ始めさせてよ」とねばっても一向に聞く耳を持ってくれない。ただ「何らかの情報がある」としか言われない。

しばらくして、ちゃりんこと僕は中心街にあるジェネラルのオフィスへと移された。
お偉いさん3人の部屋をたらいまわしにされた。
かたことの英語でのコミュニケーションしかとれないからどーしようもなかった。まるで遊びといった具合だ。そして、4人目の部屋へと回された。すると、通訳が入室してきた。安心した。この短時間で何度もされた「旅のプラン」についてのしっかりした聴取が始まった。全ての言い終えた後、ボスが一言「イスラエルには行っていないんだな?」と。「絶対行っていません。」と言いきった。

ボスの一声で扉が開かれ、入室してきたのは港で露店を出しているおじさんAだった。

この瞬間、全てが分かった。
A宅へ招待して頂いた際、初めてシリア人へ「イスラエル訪問」を口にしたのだった。
彼のお店には海上県警の人も来る。完全に僕の詰めの甘さだった。
Aは頭がキレる。イスラム教徒であるが、とても広い視野を持っている。
Aなら大丈夫だと判断していた。あえて口封じもしていなかった…

普段はTシャツ短パンな彼が慌てて着たような感じではあるがスーツに身を包んでいる。表情は今にも泣きそうな強張った顔で「かず、なんでここにいるんだよ?何したんだ?」といきなりの質問。答える間もなく「しゃべるな!!」とボスに制止された。そして、供述の復唱が始まった。Aの聴取が通訳によって完璧な英語で読み上げられた。続いて僕のだ。そして、サインさせられた。

やはり問題は「イスラエル訪問」であった。

しかし、Aはこれが原因なんて思ってもいないような顔で「何が問題なんですか?なぜ、僕らここにいるのですか?」と英語で彼らに質問した。
なるほど、Aは「イスラエル訪問」について言ってはいけないことだと知らなかったんだと…
どのようにして警察の耳に入ったのかは定かではないが、伝わる経路はそこしかなかった。
ボスがAに何やら話した後、Aは僕にこう言った「今、さよならを言わなければならない…」と。愚かな事に僕は、数分後の釈放だと思っていたので「何言ってるんだ?また後で港へ行くから~」なんてのん気な返事をしたのだった。

Aが退室した後、ぶら下げていたカメラのデータチェックが始まった。
幸運にもイスラエル訪問後に写真データをPCに移し替えていたのでその時はイスラエル訪問の決定打のようなものがなく気の抜けたような彼らのリアクションだった。
その後、扉が開きようやくの開放だと思われたが、連れて行かれた先は地下だった…
自転車も運ばれてきた。
重厚な扉にぶら下げられた極太南京錠がただならぬ事態を予感させた。扉が開かれた。
目に飛び込んできたのは、裸にアイマスク、手足を手錠で縛られ吊るされている男性。
その周りに、数人の警察だ。手にはムチ…

瞬時に体が硬直した。膝が曲がらない。一歩が出ない。筋肉の委縮。
「行け」と背中を押され、拷問の真横を通り個室へと連れて行かれた。
そこでしばらく放置された後、「荷物を全部出せ」と一品一品リストアップされた。
PC、カメラなど証拠になり得そうなモノとそうでないモノに分けられ、全て取り上げられた。
高い位置に小窓のついた、四面が壁に囲まれた独居房へちゃりんこと共に移された。
通訳の人に恐る恐るこう尋ねた。
「開放されるかな?」
「大丈夫。信じてくれ!!」と自信満々。
この言葉に助けられ信じたが、何も音沙汰がない…

すぐそこで、行われる拷問…
恐怖に満ちた泣き声、痛みに耐える野郎の声、怒鳴り散らされるアラビア語、殴る音、
何かで叩く音、頭を壁、床へ叩きつける音…
いつ自分にやってくるのか常に恐怖心でいっぱいだった。
胃酸が絶え間なく出る。胃が痛くて重くて寝れない。
足音が近づく度に、扉が開く度に覚悟した。
1日に3度~5度開かれる扉。
2度出される食事とトイレの時のみ。時間外のトイレには応じてくれない…
小便は、部屋に備え付けてある空のペットボトルを使い何とかしのぐ。
朝食はホブスという薄いパン1枚にヨーグルトかジャムがちょこっと、オリーブが20粒程度盛られたもので、昼食は夕食を兼ねてホブス2枚にじゃが芋、トマト、キュウリ、バナナなどの野菜や果物が1、2種と米か麦がちょろっと盛られている。塩味さえもない。

独居房では何よりも嘘をつき続けた事を悔いた。愚かな自分しかいない。
「自由とは責任」友人の言葉が何度も出てきた。
シリア入国後、様々なおもてなしを受けていた僕は、その間ずーっと嘘つきで裏切り者の何物でもなかった。最低だ。あんなに親切にしてくださったのに…
そして、とどめは警察官への嘘の供述だった。最後の最後まで嘘をつき続けた自分に萎えた。そのことが、ずっと己を苦しめた。拷問の恐怖はそれにより増した続けた。

2晩が経った…

昼前、いつもと違う時間に扉が開いた。
「今から、ダマスカスへ行くぞ。5時間トイレはないから行っておけ。」と言われた。
3人の犯罪者と共にバスに乗せられた。自転車も一緒だ。
ボスらしき方へ恐る恐る「ダマスカスで何するの?」と。
「大丈夫。時期に自由だよ」と。しかし、もう信じれなかった。
そう言われて長い長い2日が経ったのだから。
この時、初めて手錠をかけられた。。
搬送車の中で、一人の警官がやたら笑顔で話しかけてきた。
前日に行われたサッカーの話題みたいだ。
「昨日は、日本が韓国に2-0で負けたよ。日本応援してたのに…」とこれにも心が萎えた。
裏切り者への素敵な笑顔と日本ファン…「ごめん」と心の中で言うことしかできなかった。
バス移動では、ボスのトイレ休憩で停車してみたり、4人いる警官の内3人が寝てみたりとしばしばお国柄を垣間見ることもできた。

そして、ダマスカスの大きな収容所に着いた。
通された部屋で、荷物のチェックと全裸でのボディーチェックをうけた。
またあの重厚な扉が目に入った。開かれた扉の先は、100mくらいの長い通路。
両脇には鉄柵がずらり。その奥には囚人達。薄暗い内部、重たい空気。
映画の世界だ。ここに入るんだと覚悟した。
通路の最後にマッチョな教官がいて「座れ!!」と一声。一気に緊張 。
「壁の方を向いてだ!!」と続けられ緊張MAX。
そこで、1時間くらいだろうか放置された。その間にも拷問はすぐ後ろの方で行われている。

「悪いのは自分以外何物でもない。全てを受け入れます。」と心の中でツブヤキ続けた。

そして、「立て!!」の一声がかかった。上の階へと連れて行かれた。
カメラ付きの個室で再び放置された後、二人の男性がやってきた。警官と通訳だった。

真実を話そう。そう思った。全てを伝えた。

通訳がこう言った「わかっていました。何故あなたのパスポートにイスラエルの出入国スタンプがないのか疑ってたんです。何か特別な関係があるのではないかと。けど、これで分かりました。軍事の写真を撮っていないかPCやカメラのデータチェックをした後には自由ですよ」と。イスラエルの写真がPCに入っているが軍事にかかわる写真は一切ないのでホッと安心した。イスラエルの写真の消去は覚悟した。もう、どうでも良かった。
何とも言えぬ爽快感。嘘つきからの解放。変なストレスはどこへやら。

そして、又しても四面が壁に囲まれた今度は窓無しの独居房へ移された。
毛布が2枚置いてあるだけ。24時間消えることのない12本中3本のみ点いている蛍光灯とカメラとエアコン。毛布1枚を半分に折り、敷布団へ。もう1枚も半分に折ってその間で寝る。敷布団3枚、掛布団1枚。それでも、腰が痛くて何度も起きる。
食事、トイレはラタキアの収容所と同じ時間帯にやって来る。食事内容も同じだ。

通訳の言葉を再び信じ待ったが、2日経っても、3日経っても何もない…
1日が長い。1日の95%は布団の上で過ごす日々。
声を発するのは配膳・トイレのとき教官へ「ありがとう」の一言。
そして、毎日運ばれてくる犯罪者達への拷問がフロアの至る所で行われていた。
「次こそは自分だろうか、いやそんな事はない。けど…」と拷問の恐怖は続いた。

見えぬ先と拷問の恐怖…
脳が不安をつくり、精神を病み、肉体を滅ぼす。まさに悪循環だった。
既に身体はぼろぼろ…

そして、ある転機を迎えた。
過去を悔いるのは止めよう。不安を作りだすのは止めよう。伝えるべき事は全て伝えた。
後は、判決を待とう。と開き直った。プラスにプラスに。

ここから、体調もぐーっと回復。何よりも胃が軽い。
拷問の恐怖は度々やってきたが、直ぐに打ち消す。
ストレッチをしてみたり、今後の人生プランを考えてみたり、自分の一番古い記憶を探ってみたり、般若心経を読んでみたり…
そして、いつからか宿泊日数さえも気にしなくなった。

一番の楽しみは、トイレにある小窓から外を覗くことだった。ほんの十数秒だが。
柳のような葉が見え、風になびかれ揺らいでいる様が自然を懐かしく感じさせた。
何よりも僕にエネルギーを与えてくれた。
かすかに聞こえる無数のクラクション音、モスクから聞こえるアザーンが、世間とそんなにかけ離れた所にいるのではないと安心感を与えてくれもした。

ある日、ネームカードを持ち写真を撮った。実刑を覚悟した瞬間の一つだ。

カツカツと紳士的な足音がしようものなら、いよいよ来たかと背筋をぴんとさせてみたり、
「ヤパーニ(アラビア語で日本人の意)」のような言葉が聞こえたら耳を澄ましてみたり、
月日は流れた。風景の変わらない日々。本当に時間は流れているのかと疑ってしまう程に。

そして、夜いつもと違う時間帯に扉が突然開かれた。
ガタイの良い教官がめっちゃ怖い顔して、両手をぱたぱたと鳥のようなクリオネのようなジェスチャーで僕に何かを伝えている。噴き出して笑ってしまいそうな程、おもしろ仕草だった。噴き出すまいと必死に耐えた。
それは、この部屋からの開放を意味していた。
荷物など全て受け取って、搬送バスに乗せられた。バスに乗るまでの十数秒間、星を見ながら深い深い深呼吸をした。本当に幸せだった。
20分後位に着いたところは、イミグレーションオフィスだった。
ボスはさらっと一言こう言った。

「強制送還で日本行きだね。現金ある?ないなら収容所へ送るから。
心配いらないよ。大使館の方が来るから。」

「現金はありません…」

「OK」

「…」


それから、小部屋に移されて全ての指の指紋をとられたり色々した。
あまりにさらりと言われたのでしばし現実味が無かったが、そういう判決なら受け入れよう。当たり前だと思った。

しばらくして、再度バスに乗せられ収容所へ移された。
いつもの扉と極太南京錠が目に留まった。
それを通ると、極太南京錠と大きな柵がもう一枚。諸手続の後柵の奥へと通された。
ある部屋は、50畳くらいの部屋にマットレスが敷き詰められ、その上にずらりと黒人が横たわっている。肩を重ね重ね、びっしりと。また別の部屋は、同じようにアラブ人がびっしりと横たわっている。
又しても硬直した。これまでとは別の恐怖感だ。
一斉にみんなの視線は中国人か日本人か分からない変な髪型の東洋人へと注げられた。
どんな思いで僕の事を見ているのかと心配になった。

ここでしばらく生活するのか…

教官が「ここ(アラブ人側)にいろ!!」と。
すると、一人の親切なエジプト人が半分使いなと誘ってくれた。ありがたい。
そして、「お前ダマスカスから来たならシャワー浴びてないだろ?浴びてきな。」とシャワーへ連れて行ってくれた。約三週間(二週間の収容所生活+その前の旅の間の一週間)ぶりのシャワーを浴びようと服を脱いだ。水シャワーだから手足を洗って温度に慣れてから身体を洗おうと思い手足を洗っていると、あれよあれよと言う間にシャワーが弱くなり間もなく止まった…
あれ??とあたふたしていると、今日は終わったみたいだと言われた…
脱ぐ必要無かったなと心の中でぼやきつつ服を着た。
緊張しながら部屋に戻ると、僕の想像とは裏腹にみんな明るい陽気な人で話は盛り上がった。数人で円になり談話した。
この施設は、不法滞在者が収容される場所だと分かった。皆、強制送還待ちだと。
彼らの中には、もう5ヶ月以上ここにいるという人もいた。チケットを買うお金がないんだ。家族や友人が送金してくれるまで待つしかないと言っていた。
小さな子供も数人いる。彼らの両親が犯罪を犯し刑務所にいるからここでその間生活してるんだと。
色々な世界があるんだなと思った。

その晩は、やはり寝付けなかった。
大勢の人々の騒音や色々な事を警戒していたので神経が休まらなかった。

翌朝、昨晩のイミグレーションオフィスへと再び移された。
大使館の方がそこにおられるのかと複雑な思いになった。安堵と申し訳なさ。
しかし、小部屋に収容され何の音沙汰もなく5時間程度が経った。
小部屋には、入れ替わり立ち替わりで15人くらいの犯罪者がいた。

そして、「ジャパン」と声がかかった。緊張。
通された部屋に入るなり、日本の方が目に入った。直ぐに大使館の方だと分かった。
「健康状態は大丈夫ですか?」と優しい一声。気がひける思いでいっぱいだった。
彼に状況を説明した際、6月6日と日付を記された。もう、2週間も経ったんだ…。
日本を出たのが6月3日だったから、この旅の一年を収容所で迎えたんだ…。なんて思った。

「この場合は、強制送還で日本行きの可能性が高いですね。」と大使館の方。
既に覚悟していたので、「はい。大丈夫です。」
「けど、やれるだけやってみます」と大使館の方。
ボスと他に選択肢はあるのかないのかなど話して下さり、僕も横から「プリーズ」と懇願。

すると、願ってもいないイスタンブールへの強制送還の許可が下りた。

本気で嬉しかった。隣国だ。最小限のフライトだ。
大使館の方が、その場ですぐ航空券を手配して下さった。手際の良さに感動。
しかし、「自転車を飛行機へ乗せれるかは分からない」と旅行代理店の方。
警察も「搬送車が小さいから自転車を空港まで持っていけない」と。
全く問題なかった。仕方がない事だと承諾。
すると、

「やれるだけの事はやるのが僕のポリシーです」

と大使館の方。
本当に本当に感謝。かっこよかった。気が引けまくった。
自転車を空港まで運ぶ大きな車の手配をしてくださり、空港へ送ってくださった。
自転車が航空機に搭載できなかった時のために、外で待っていてくださり、その時は大使館で保管しておきますと。親切すぎて、もう頭が上がらない。

いざ、チェックインカウンターで自転車を載せれるか尋ねると
「おっけーおっけー」とすんなりいけた。
段ボールなどの梱包材もないので、分解してラッピングでぐるぐるにした。
激しく扱われたら致命的な破損も受ける可能性はあるが、
ここまできたらやってみるしかなかった。祈った。

そして、出発ロビーではなく別室にて待ち、搭乗ゲートをくぐるところまで警官に送られた。
「本当に、ありがとう」で別れた。

2時間程度のフライトだから、機内サービスは飲み物くらいで終わりだろうと思っていた。
しかし、機内食が出てきた…
24時間ぶりの食事。2週間ぶりのしっかり味の付いた食事。
のたうちまわるほどにおいしかった。
一噛み一噛み、ゆっくりとゆっくりと。
何でこいつこんなに食うの遅いんだという視線もどーでもよかった。
とにかく、幸せだった。

そして、無事イスタンブールへ着いた。
これにて、強制送還完了となった。

己の旅のプランしか考えず、スタンプなければ入国できるだの、できないだのと表面的な事ばかりにとらわれ、物事の本質を見抜けない愚かな僕の過ち。こんな大きなことにならないと、単純な”嘘をついてまで旅をする”ということが良いのか悪いのか判断できない未熟さ。本当に勉強になった。全ての経験に感謝。

そして、大使館の方々をはじめ、露店のおじさんA、現地の多くの警察官…多くの方々に大変な迷惑をかけてしまった。

心からお詫び申し上げます。




そして、旅はまだまだ続く…
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by kazunori_maruse | 2010-06-06 17:36 | シリア

念願のアルワード島??

昨日も海が荒れていたためボートが出ず、島行きは中止だった。

二日越しの今日、ようやく島へ出発…

10:00amボートへ乗りこみ、30分で到着。

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アルワード島全景

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デカかわいいおじさんと一緒…


さー観光するぞーーー!!!と意気込んだのもつかの間・・・

島につくなり、寒気とだるさが全身を包み込む…

軽い船酔いだと放置し、島を歩きまわる。
といっても島一周に徒歩30分程度と、とても小さいサイズだ。

しかし、体調は良くなるどころか時間の経過とともに身体の節々が痛み始めた。
まさかのタイミングで風邪かと萎えまくり。。。

座っているのもきついから、浜辺のカフェでおじさん方が井戸端会議をしている横で寝させて頂いた。少しだけと言って寝たものの起きたら2時間経っていた…
それでも、相変わらずの身体。
頭の中では歩きまくりたい。しかし、身体はそうはさてくれない現実…
食欲もない…しょうがないから睡眠の延長を願い出てさらに寝させて頂く。

起きたら、4:00pm。

宿泊施設の無いこの島。
あまりチンタラもしていられない。
ボート乗り場に急いだ。
何しにこの島に来たのかと考えている間に、タルトゥースに着いた。

造船業が盛んなアルワード島。
やはり、大陸とは違う空気感をもつ人々。顔が違う。勢いがいい。
子供は純粋そのものだと感じた。
街並みは、迷路のようでかわいらしい。

いい絵がわんさかあったな。
次回は、しっかり撮ろう。

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島で唯一撮った写真…



今晩は、宿でしかっかり寝こもう。

こんな好き勝手に寝まくることができるなんて、どんだけ幸せなんだ…

本当にありがたい。

ありがとうzzz

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美しいものは美しい…
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by kazunori_maruse | 2010-05-19 21:29 | シリア

タルトゥースどまり…

お目当てのクラック・デ・シュバリエ訪問。
「なかなか良いな。」という感じだった。

というのも、ベイルートで会って良い感じに仲良くなった同い年のドレスデン出身のドイツ人とクラック…の中で再会し、互いにテンションが上がりまくってそちらに持ってかれたというところだ…
2mの長身から放たれるゆる~い空気感が良いんだな~。
医学部最後の年を前に旅している彼。
この後、イラン、イラク…へと行くという。
一時間ちょいのお城の見学後、「GOOD LUCK!!」で別れた。



・・・



昼過ぎ、シリア唯一の島アルワード島行きのボートに乗るために、
タルトゥースへ向けてこぎ始めた。約60km。
強烈な向かい風に泣きながらこいだ。
無事着いてホッとした。
港町へやって来たー!!アルワード島はすぐそこだ!!!とテンションあがった。夕日も最高!!
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しかし、波が高くボートが出ていないという。昨日もだったらしい。
しかたなく、タルトゥースにて野宿をすることにした。


恒例のホムスを買って浜辺に戻ると、景色がガラッと変わっていた…美し~生きてるね~

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あぁ、ありがたやありがたや。


明日こそ島に行けますように…
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by kazunori_maruse | 2010-05-17 21:34 | シリア

シリア再入国

レバノンを出国する前にいつもの中東料理の定番を頂いた。
一枚くらい写真をと。
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ホムス:ひよこ豆を煮たものにゴマのペースト・ガーリックを合わせ、オリーブオイル・レモン汁・水少々を加えたもの。
ホブス:薄っぺらなパン。しっとりもちもちは感は店によってバラバラだが、基本的に無。
野菜:トマト・ミントの葉・キュウリとトウガラシの漬物?etc,,,

おいしんだ~。腹もちいいし、ハイカロリーだからちゃりんこに持ってこいとうことで、お世話になりまくり。


無事シリアへ再入国。ホムスへ戻って来た。
ちゃりんこをとりに行き、4:00pm頃よりクラック・デ・シュバリエへこぎ始めた。
6:00pmすぎにクラック・デ・シュバリエの町へ到着。

お目当てのお城は丘の上にあるのだが、ほぼ復活した膝を大事にしたかった。
だから、ちゃりんこで登る気はなくどこかで野宿し、明朝歩いて行こうと思っていた。
すると、麓である一家と知り合った。
建設中の彼らの新居の屋根で寝て行けと。ありがたくお借りした。感謝感謝。
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贅沢な眺めだ。
夜は、皆でシーシャ(水タバコ)したり、お話ししたりと良い時間を持てた。

彼らが言っていた。
「シリアでは法律上、10歳以上でタバコとシーシャがOKなんだよ」と。
小学生でタバコOKなの?信じられんな…

ま、信じる者は救われる。ということで信じよう。へ~

ありがとう。
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by kazunori_maruse | 2010-05-16 20:44 | シリア

とにかく乗ってけー!!!

昨日、ダマスカスを発ち北上を始めたが、
50km程度こいだところで乗り合いタクシーのおじさんが

「乗ってっけ!!乗ってけーーー!!」

とすごい勢いで勧誘してくる。まーここまではいつもの事。

別に急いでいるわけでもないので「お金はないけど時間はある!!大丈夫!!ありがとう!!」といつものように断った。すると、10分後に先ほどのタクシーが停車している。

「とにかく乗れ!!乗ってくれーーー!!お金はいらんからーーー!!」

みたいな空気感を理解できないアラビア語と少しの英語を混ぜ合わせながら放っている。
フレキシブルに行こう。

「ハマまでお願いしまーす。」…


というわけで、ちゃりんこで3日かかるところを、ものの3時間で着いてしまった。

到着後に、料金を請求してくるわけでもなくとにかく笑顔で、
「旅を楽しめ~」見たいなことを言って下さる。
なんて優しい方だ。本当にありがたい。

また、その運転手さんはアレッポからそこそこ近いところに住んでいるということで、
アレッポへ行く際、お邪魔していくことになりそうだ。ありがたいありがたい。

ハマの町は、川の水を用いた農業が盛んなところだ。
今となっては、現役の水車が名物となっている。
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明朝ホムスまでこぎ、自転車を宿に置かせて頂き、レバノンへバスで行く予定だ。
レバノン杉はもうすぐそこだ。非常に楽しみだ。


あぁ、今日は25年間を生きたという区切りの日か。
本当に、ありがたい。感謝しかない。ありがとう。
ここからの25年間をイメージし床に就こう。

おやすみ~

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宿が込みすぎ、屋上での宿泊だ…日中はとてもじゃないがおれたもんじゃない…
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by kazunori_maruse | 2010-05-11 22:59 | シリア

初体験。

二ヶ月ぐらい前に歯の詰め物がとれていた。

昨日、ダマスカスに長く住む日本の方とご縁になった際、
「シリアの歯科医のレベルは高いよ~。設備も最新。しかも、安いよ~」って。
しばらく日本に帰る予定はない。
それならお世話になろうと。

教えて頂いた地区に行くと、そこは歯科医だらけ。
徒歩圏内に15医院はあると言われた。
どの医院が良いとは聞いていなかったので混乱。
数軒覗くが、聞いていたような最新設備を備えた医院は見つからない。
どことなく昭和な、レトロ~な感じ。
そしてどこの医師も、口を揃えてこう言う。

「俺にできないことはない!!とりあえず、座れ!!」マジ恐怖…一気に緊張。

しばらく探していると、三人組のおっさんが「ここの歯科医はいいぞ!!」って。
恒例行事の覗き後、決定。何よりも患者さんが多かった事が決めて。

問診?などの事務的な事は一切なく治療は始まった…

電話をしながら歯を削ってみたり、
「お前、鞄作るのか?写真見せて。」と治療を中断して写真タイムが始まったり、
日本製の銀歯に興奮し隣室で働く妻を呼んでディスカッションが始まったり、
いつの間にか他の患者さんも何事かと集まってきたりと…

まるで漫画の世界。ギャグな医院だった。本当に、本当に、良い経験だった。

あまりの緊張と興奮に記念にと思っていた写真を撮り忘れてしまった。


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この方は、歯科医ではありません。癒し系の床屋のおじさんです。けど、医院の雰囲気はちょっと近いかも。
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by kazunori_maruse | 2010-05-08 16:38 | シリア

シリア入国

シリアの首都ダマスカスに着いた。
アンマンより約200kmの道のりだった。
ハイウェイ沿いに緑が多くこぎやすかった。
シリア側の国境都市ダラーにて、トラックの荷台で寝させて頂いたり、
パン屋に買い出しに行ったのに、「Welcom to Syria」と何故かジュース付きでプレゼントされたりと、ありがたい出来事に恵まれた。感謝。
旅人の間では、「シリアの人々は親切だ」と有名である。
いきなりの歓迎にびっくりだった。

人口200万人を有するダマスカス。
旧約聖書が書かれた時代から今に至るまで機能している町。4000年の歴史がある。
イスラム第四の聖地ウマイヤド・モスクや巨大スーク(市場)のある旧市街地と
省庁や大使館などのこぎれいなビルが立ち並ぶ新市街に分かれている。

もちろん見どころは城壁に囲われている旧市街地。
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東西でイスラム教とキリスト教とで住み分けている。
細い路地の入り組んだまるで迷路のような旧市街の奥の奥には、
店も少なく子供たちが遊んでいたりと現地人のありのままの生活を感じることができる。
この街並みを形成する伝統建築の家々の入り口は狭いが、中庭があり内へ開くといった感じ。ヨーロッパに似ている。

まだまだ、中東のイメージする砂・埃っぽさは健在なので、さすがにヨーロッパのような洗練された印象はないのだが。
しかし、これがまたたまらない。最高。

民族を見ても着実にヨーロッパやトルコに近いづいたと感じる。
たった200kmの移動であったが国境を越えたからだろうか、白人でブルーアイの人々をよく目にするようになった。

こういう瞬間、「島」出身の我らは「大陸」を強く感じる。

これから、じっくりシリアを、人々を感じていこうと思う。
ローカルな純粋なところに重きをおいて。
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以前から痛めていた膝はそこそこの調子だが、今度は逆の膝がすこぶる痛い…
ストレッチとしっかりした食事をとり様子見だ。
まー、ダマスカスには4泊くらいの滞在を考えているのでその間今後のプランを考えよう。
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by kazunori_maruse | 2010-05-05 20:45 | シリア



丸瀬 和憲           旅人鞄作家が『感性』という不思議な能力を磨くべく地球上を転げ廻ったのち、米子で帰農♪ という日々の日記。
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帰農
@鳥取県米子市
自給的に暮らすと共に、胡麻の自然栽培の普及に夢中。

2012年2月~
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自然農園ウレシパモシリ,
 岩手県花巻市

2011年6月~11月末
有機農法研修
NAMAYASAI,
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